「お水取りが済んだら、もう春やなあ」
京都の人は、3月になるとよくそんな風に言います。「お水取り」というのは奈良の東大寺、二月堂で行われる修二会、という行事です。
実際、それが行われる3月も半ばになると、まだまだ寒いとはいえ、ちょっとした日差しや空気に春の予感を強く感じるようになります。
そんなある日、少し黄色味を増した日差しに春を感じながら、堀川通りを自転車で走っていました。
信号待ちをしたその先にあった和菓子屋さんの窓に「桜餅」という張り紙を見つけ、思わず入ってしまいました。
それが二条城の北、堀川下立売の「鳴海餅本店」。
中に入ると広い店内に桜餅のほか、草餅や花見団子が並んでいました。
迷わず桜餅を注文。ほどなくして食品パックに掛け紙をして、スーパーの袋に入れた姿で手渡されました。
こういう「お餅屋さん」で熨斗紙やリボンをかけることはありません。これがふつうの姿。あくまで日常の食べ物なんだなあと、この姿を見て改めて思います。
家に帰り、ふと袋の口を広げてみて驚きました。
桜餅のいい香りが、強く鼻をくすぐったのです。
甘いような、しょっぱいような、青臭いような、「桜餅のにおい」としか表現できないあの香りが思いがけず立ちのぼって、私は思わず歓声をあげていました。春が来た!
早速食べてみます。
みずみずしい漉し餡が、ピンク色に染まった道明寺に包まれ、さらにその丸い姿を抱きしめるような形で桜の葉の塩漬けが巻かれています。
この、桜の葉を食べない人もいるようですが、私は食べます。
躊躇なく、餡と道明寺と一緒にかみしめると、漉し餡のあっさりした甘さを、桜の葉の塩気が柔らかく強調してコクを出しているのが良く分かります。そんな甘さを楽しむそばから、鼻に向かって桜餅の香りが走り抜けていくのが何とも楽しいじゃありませんか。
ああ、春が来た。
もぐ、もぐ、もぐと桜餅をかみしめ、春を味わいます。
しっかりとした餡の甘さを感じさせながらも、香りの余韻を残してさっと消えていくのもこの桜餅のいいところ。
やっぱり、桜は散り際の美しさが身上なのだな、とまだ咲かぬ桜の花に思いを馳せた私なのでした。
鳴海餅本店
<住所> 京都市上京区堀川下立売西南角
<TEL> 075-841-3080
<FAX> 075-841-6070
http://www.narumi-mochi.jp/
ライター shizu